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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)4081号 決定

申請人 加藤栄一

被申請人 東京コンクリート株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

申請人は

「申請人が被申請人の従業員であることを仮に定める。」

との仮処分命令を求めた。

第二当事者間争ない事実

一  被申請人(以下、会社という。)は、肩書地と東京都江東区深川塩崎町に工場を有し、資本金二〇〇〇万円をもつて、主としてトラック・ミキサーによる生コンクリートの製造、販売を業とする会社であること。

二  申請人は、昭和三一年二月一二日会社に運転手として二ケ月の期間を定めて試用されたが、同年四月二日会社とその従業員で組織する東京貨物自動車運送労働組合東京コンクリート支部(以下、支部という。)との間に支部長岡安亮の解雇をめぐり紛争を生じ、同日夕刻より争議行為に入り、次いで会社は四名の執行委員を解雇する事態となつたこと。

三  申請人は、同年四月一二日試用期間の満了に際し会社から「成績その他を勘案して不採用、解雇と決定した。」との通告を受けたが同年四月二六日支部は会社と「先に行われた執行委員五名の解雇問題は裁判所又は労働委員会において争うことを認める。申請人は、同日附で改めて仮採用する。」との協定を締結し、争議行為を中止したこと。

申請人は同日会社より二ケ月の期間を定めて試用する旨の通告を受けたこと。

四  その後五名の執行委員の解雇問題は、東京都地方労働委員会の斡旋の結果同年七月二五日会社と支部との間に「右五名のうち三名は依願退職し、二名は会社において復職させる。」との協定が成立し、右二名は同年八月一日より出勤就業したこと。

五  会社は同日申請人に対し一ケ月の予告手当を提供して解雇の意思表示をしたこと。

は当事者間争ない。

第三解雇当時における申請人の地位

会社は、申請人は昭和三一年八月一日当時試用中の者であつて、会社は、同日申請人を従業員として不適格と決定し、本採用とせず解雇としたものであるが、試用中の従業員を「不採用解雇」することは就業規則上何等の制約がないと主張する。

一  会社における試用の性質

そこで会社における試用に関する規制を見ると、就業規則によれば、

第七条 前記の手続(採用希望者の履歴書等の提出手続)を行つた希望者に対しては、その性行、技能、学識、経験、健康等を審査、選考し、六〇日以内の試用期間を設けて採用する。採用された者は試用の日より従業員としての身分を認められる。

第三〇条 左の各号の一に該当する場合は三〇日前に予告するか、又は平均賃金の三〇日分以上を支給して即日解雇する。但し第七条に定める試用期間中の者で採用した日から一四日を経過しない者についてはこれを適用しない。

一 勤務成績不良にして改善の見込なしと認めたるとき

二 精神又は身体の故障のため就業にたえないと認めたとき

三 誠実義務に違反すると認められるとき

四 正当な理由なくして無断欠勤したるとき

五 遅刻早退常ならざるとき

六 直接又は間接に社業をみだし又はその虞ある者で従業員として適格を欠くと認めたとき

七 会社の経営方針に背反する行為をした者

八 老衰のため業務能率が著しく低下したと認められるに至つたとき

九 傷病以外の事由により引続き一ケ月の欠勤に及んだとき

一〇 本規則およびこれに基いて作成せられる諸規則に違反した者で解雇することが適当と認められたとき

一一 その他前各号に準ずる程度の事由又は事業経営上やむを得ない都合があるとき

と定められているだけであつて、給与は試用期間中は日給四〇円、期間経過後日給は三〇〇円となるが、取扱つた生コンクリート一立方米あて二五円の能率給が与えられることとなつているものと認められる。

なお、就業規則第三〇条本文但書は、試用期間中の者で採用した日から一四日以上経過した者についても同条各号の事由がなければ解雇できない趣旨のように文言上は読めるけれども、(イ)この趣旨に読めば一四日以上の試用期間を認めることは無意味となるし、(ロ)また支部がこれまでこの条文を文字どおり解釈すべきだとの主張をして来たことの疎明もないので、前記但書の趣旨は、労働基準法上試の使用期間中の者が採用後一四日を超えない中に解雇される場合は、同法第二〇条の適用がないこととなつているので、この趣旨のみを明らかにするため、かかる場合に該当する従業員の解雇には三〇日前の予告や予告手当の支給を必要としないことを表現したに過ぎないと解され、結局試用期間中の従業員には就業規則第三〇条の定める解雇事由の制限はないものと解せられる。

前記就業規則によれば、試用者は従業員として六〇日以内の試用期間をもつて採用されるものであり、本採用の従業員という文言がなく、単に試用期間経過後は就業規則第三〇条所定の事由がなければ解雇されないことと定められているのであるから、試用の名をもつて始まる労働契約は当初より期間の定めのない雇用契約に外ならず、ただ当初の試用期間中は就業規則上の制約なしに解雇できるよう解雇権が留保されている期間であつて、その解雇がなされないで試用期間を経過するときは解雇につき就業規則の適用される一般の雇用契約と異なるところのないものと認めるのが相当である。

この事実は、「本採用の拒否」の通告は、すなわち解雇の意思表示であることを自認する会社の主張事実や申請人が採用後満二ケ月経過後は会社から特別の通告もなしに会社のいう本採用の従業員に対し与えられる能率給を附加した給与を受けた事実からも窺われるところである。

二 申請人の地位

従つて、申請人は昭和三一年四月二六日より二カ月の試用期間の経過により、就業規則第三〇条所定の事由のないかぎり解雇されない地位を取得したものと認められる。

会社は、「申請人は試用期間経過後であつても、会社の本採用の意思表示がなければ、本採用の従業員たる地位を取得せず、かつ本件の場合には、右試用期間満了頃は丁度第二の二、三、四掲記のように東京都地方労働委員会の斡旋により被解雇者のうち何人かは復職することが予想される状態となつていたので、この問題が解決しない中に申請人を本採用にするかどうかを決定することができなかつたし、また申請人もこのことを知つていたのであるから、単に試用期間の経過の一事をもつて本採用の従業員となつたものと認めることはできない。」と主張する。

しかし、前記就業規則によれば、試用期間を経過した従業員には当然同規則第三〇条の適用があると解する外ないのであつて特に会社から本採用にするという意思表示があつて始めて同条の適用があると認められないし、また会社側の一方的事情だけで申請人がすでに取得した就業規則第三〇条所定の事由がなければ解雇されないとの契約上の利益を奪うことはできない筋合である。このことは申請人が会社の主張する一方的事情を諒知していたとしても結論を異にしない。

なお、会社は、申請人に対し採用後二ケ月経過後に前記能率給を附加した給与を支払い、申請人を会社のいう「本採用の従業員」として扱つて来ているのであるから、仮に本採用の従業員となるためには、会社からその旨の意思表示を要すると解しても、むしろかかる意思表示があつたと認めるのが相当であり、また会社側の主張する申請人を本採用とするかどうかを決定するに障害となる事情を見ても、その決定を不可能ならしめる事由となすに足りない。

第四就業規則第三〇条所定の解雇事由の存否

会社は、申請人の解雇について就業規則第三〇条の適用があるとしても、申請人には同条第六号、第一一号などに該当する事実があると主張するので、この点について判断する。

一、会社は、昭和三一年六月頃より第二の二掲記の争議の原因を検討した結果、会社はこれまで厳密な計画によらずに運転手を採用したため、車輛数に比し運転手が多すぎる結果となり、しかも運転手の賃金中能率給の占める割合が大きいため、配車されないことは賃金に大影響があるため、会社の配車措置に不満がたえず、このことが運転手と配車係の紛争を誘発するとの結論を得た。

ところで会社は昭和三一年七月頃は車輛一九台に対し正運転手(試用者を含む)二二名、見習運転手三名を雇用していたが東京都地方労働委員会の斡旋により、同月二五日さきに解雇された二名の正運転手が復職することとなつたので、正運転手は二四名となつた。

当時会社は、その有する二工場に車輛をおおむね半数あて配置していたが、運転手に週一回の休日があること、これまでの運転手の欠勤率、車輛の実働率、夜間作業の可能性などの諸点から、正運転手の数は、車輛数に四を加えた数すなわち二三名で足り、結局正運転手を一名減少すべきであるとの結論を出した。

申請人は、会社が同年九月臨時運転手募集の掲示をしたこと、同年七月中は、運転手の残業時間が非常に多く多忙であつたこと、当時すでに車輛を増加する計画があり、現に増車が実現していることなどを理由として、当時正運転手の数を減少する必要のなかつたことを主張しているが、同年九月の臨時運転手の募集は、正運転手二名が突然希望退職したためになされた措置であり、また同年七月中の運転手の残業時間が多かつたことの疎明はあるが、同月中は、正運転手二二名、見習運転手三名であつたのであり、翌八月からは、正運転手が一名増員となるので、同月中に正運転手二三名、見習運転手三名でやつてやれない程の作業量があつたと認めるに足りる疎明はない。また申請人の解雇前から増車の計画があり、同年一〇月頃から二輛増車されていることが認められるが、申請人解雇当時、会社としては、当時使用中の車輛はやや老朽化した米国製のトラック・ミキサーであるため、漸次実働率がおちて行くものと予想し、一方増車する車は国内の会社に試作させる車であるため、当初より完全に稼動できるものとも予想できなかつたことと、更に見習運転手の養成完了の見込などを考慮し、なお、前認定の事情もあるので、正運転手の予備員を各工場あて二名合計四名従つて正運転手の数は二三名で十分賄つて行けるものと予想したことが認められる。

以上の事情から見ると、会社が第二の二掲記の争議の誘因となつた会社の配車上の措置に対する運転手の不満がおこらないよう考慮して正運転手を二三名としたことが、会社の経営上も労務管理上も全く何等の根拠のない措置であつたと認めることはできない。

そして、被申請人会社のように大規模でない経営において争議後の経営たて直しに腐心していた際右のような事情により、たとい一名でも余剰の従業員を解雇することは、就業規則第三〇条第一一号後段の「事業経営上やむを得ない都合があるとき」に該当するというべきである。

申請人は、この点について、増車の計画もあることであり、また自然退職も予想されるのであるから、一名ぐらいのことは、右条項にいう「事業経営上やむを得ない都合があるとき」に該当しないと主張するが増車計画によつて運転者の増員を必要とする事情の疎明はないし、また疎明によれば従来会社においては殆んど自然退職者のなかつたことが認められる。なる程一般論としては一名位の余剰員を抱えても経営に格別の影響があるとは考えられないであろう。しかしながら右にいうやむを得ない都合というのは、会社がその都合の存在を認めることが社会通念に照して甚しく不当でない場合をいうものと解すべきであるので、同条の運営としてなした行為が職場の慣行に反するとか、同条の解釈につき別に組合との諒解があるなど特段の事情があれば格別であるが、かかる事情の主張、立証のない本件においては、前記認定のような諸事情に基き、会社が一人でも剰員である以上、これを解雇することは事業経営上やむを得ない都合がある場合と認めても社会通念に照して甚しく不当というに足りない。

そして、会社が余剰員として、運転経験も入社後の経歴も浅く昭和三一年五月八日会社深川工場において自己の運転上の不注意により、その操縦する車を他社の車に衝突させ、修理に約六〇〇〇円の損傷を与える事故をおこした外、後記の事故をおこしたように短期間に二度も事故をおこし、なお後記のように再度にわたり事故報告書の提出を求められても報告書を提出しなかつたように勤務成績も良好とはいえない申請人を選択したことが不合理であるとはいえない。

二、次に会社は申請人に対する解雇理由として会社では車輛損傷の事故があつた場合は、運転手は、会社備付の事故報告書に事情を記入して提出することとなつているのにかかわらず、申請人は昭和三一年七月汐留駅構内においてその操縦する車のフエンダーをへこませ、他社で修理するとすれば二、三千円を要する損傷を与え、これに対し会社側より二回にわたつて事故報告書を提出するよう注意されたのに遂にその報告書を提出しなかつたと主張し、右事実は疎明によつて認められる。

そしてこのように、会社から再度事故報告書を提出するよう求められても提出しなかつた従業員はこれまでなかつたことが認められ、且つ入社後間もない従業員の行動であることを考え合せると、かかる申請人の行動は、前記就業規則第三〇条第六号にいう「直接または間接に社業をみだし、またはその虞あるもので、従業員として適格を欠く」場合に該当すると認められてもやむを得ないという外はない。

三、以上のとおり、申請人に対する解雇は、解雇権を制限した就業規則に違反し無効であるとの主張は採用し得ない。

第五不当労働行為の成否

申請人は昭和三一年七月二九日支部執行委員に選挙されたが、申請人は入社後間もないことと他に熱心な組合活動家に譲るため自発的に直ちにこれを辞退したことが認められ、会社には申請人の解雇前その執行委員当選の事実が知られていたと認めるに足りる的確な疎明もない。もつとも執行委員に選任されたので、組合員の信望厚かつたものというべきであるが、疎明によれば、申請人は組合の内部的事務処理の適任者と見られたためであつて、職場内の組合活動とか会社との交渉面に期待をかけられたためではないことが認められるので、平素から申請人が特に会社から注目される程の組合活動家であると推測することはできないし、その他会社が組合活動の故に申請人を嫌悪した事情を認むべき疎明は何もない。

その他会社が申請人をその組合活動の故に解雇したと認めるに足りる疎明はない。

従つて、申請人の解雇は不当労働行為であるとの主張も理由がない。

第六

申請人に対する解雇の意思表示は無効であるとの申請人の主張は、いずれも理由がないから、これを却下し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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